So-net無料ブログ作成
検索選択

ボクの中の歴史的 [音楽]

WPO.jpg

ブラームス/交響曲第1番ハ短調op.68

第1楽章 ウンポコ ソステヌート-アレグロ
第2楽章 アンダンテ ソステヌート
第3楽章 ウンポコ アレグレット-グラツィオーソ
第4楽章 アダージオ-ピウ アンダンテ-アレグロ ノントロッポ、マ コン ブリオーピウ アレグロ

1975年。3月22日(日にちはもうすっかり忘れてしまっていた。)
このときのNHKコンサートホールでの演奏はボクにとって忘れられないものとなった。
それをこの年になってYoTubeで聴けるなんて思っていなかった。
この演奏に関してはNHKがPCM録音を行っていたのだろう後年CDやレーザーディスクになって発売されていたようだ。
ボクはこの演奏を生で聴き、後日FM放送があるのを知り、アパートの玄関に靴を脱ぐのももどかしく、チューナーのスイッチを入れ、メタルテープをデッキに放り込み、DBXノイズリダクションのスイッチを入れた。
何ということか、テープが一回りするまでに既に演奏が始まってしまい、冒頭のトゥッティが少し切れてしまった。
それでも、学生時代から結婚する辺りまで、そのテープはずっと生き抜いてきた。
今もまだ、ボクのカセットボックスに入っている。
このYouTubeの録音はおそらくライブレコーディングした製品版なのだろう。
当時の想い出が云々より、一聴、この演奏の持つ深さと力強さに引き込まれる。
ウィーン・フィルはご承知の通り、ウィーン・シュターツ・カペレ(国立歌劇場管弦楽団)の団員から選抜された自営団体だけれど、歴史のある管弦楽団の歴史的な楽器を駆使してブラームスの時代の音を落日のセピア色のような音楽空間を再現する。
個性の強い団体であるが、カール・ベームというかちんかちんの親父と演奏するとツボにはまったとき、もの凄い演奏を聴かせることがあると、聞いたことがあった。
ウィーンフィルのメンバーもこの時の演奏は今も記憶に残っているという。
4楽章通して一瞬も音楽は弛緩せず、堅固で簡明な構成で個々の楽章をパッキングしている。
個性的で重層的な風通しのよくない音構造故に、スケールがコンパクトになりがちなこの音楽を緊密で強固な容れ物の中に押し込んだままそれ自体がとてつもなく膨張してゆく。
金管はベルリンフィルの機能的な楽器の持つ流麗さとは異なるウエットでありながら様々な歴史を音化する。
冒頭のティンパニから、パトスが雪崩のように聴くものを包み込む音達の重層的な交響に、思わず空気が震えるのが可視的に捉えられるのではないかと思わずホールの天上を見渡したことを思い出した。
冒頭のテーマをこの緊張感とスケールで演奏したら、展開部以降どうなるのかという思いをウィーンフィルのフレキシブルな個々の才能が楽々と超えてゆく。
手許にあるCDで似たような演奏といえばミュンシュがパリ管弦楽団を振ったものがあるけれど、これは今聴いてみると現代的な楽器の響きがあり、細部まですきっとしている。
各楽器が互いの音を意識しながら主旋律に向かって互いを編み込んでゆくような、スペクタクルはこの演奏の方に強く感じられる。角の取れた個々の楽器の年代にもそれは影響されているのかも知れない。
第2楽章終わりのオーボエとホルン、オクターブ高いヴァイオリンの独奏が特別に他と違った響きであるわけではないのに、地上の人海の中からただ一人天に向かって登って行くようなイメージが浮かぶ。
全曲通じて金管に顕れる運命の三連符を聴くまでもなく、あらゆる部分であまりにもベートーヴェンを意識しすぎた作品ともなってはいる。
また当時の古典とロマン的作風の融合の中でどちらの土壌に立つ位置を置くかで聞こえてくるものも異なってくる。その意味で指揮者の見解が強いカリスマで遍く浸透するか、個々の音楽家の技量と感性をプレーベできっちりと統一しつつ本番で完全に鎖を解き放つか例えばカラヤンは1984年にベルリンフィルとウィーンフィルをそれぞれライブで振っているが、そのインテンポにはほとんど変化がない。
ベームとウィーンフィルの演奏は付いて行く演奏ではなく、無意識にお互いの自発性が互いの音を聴き、それがどのレベルにあるのか、指揮棒の示す道筋を見通しているような演奏である。
ボクはこの作品をあまり聴かないけれど、決してきらいではない。
第4楽章は第9を意識しているけれど、後年フルトヴェングラーが行った降りてきた第9の演奏のようなスタイルが取れるものではない。
音楽は何処へ向かうかはっきり示されている。
それでも、最後のタクトが震えながら振り下ろされた瞬間の騒然はとんでもないレベルのものを聞いたという共通意識に導かれたものであったのかも知れない。

この演奏の第2楽章も美しいのですが、この演奏がボクをひっ掴んだものはやはり第1楽章でした。





ブラームス:交響曲第1番

ブラームス:交響曲第1番
この演奏ではないそうです。なるほど、私のテープの方はノイズを拾っていて、クリアになるとこんな音なのかと思ったものです。トリミングで多少空気感が違うなと思ったのと、終曲と同時のあの煩わしいブラヴォーを消してしまったいるのだと思っておりました。直後の録音だったのですね。

  • アーティスト: ベーム(カール),ブラームス,ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2004/06/30
  • メディア: CD

Symphony 1 in C Minor Op 68 / Symphony 8 in B Min

Symphony 1 in C Minor Op 68 / Symphony 8 in B Min

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Magic Master
  • 発売日: 1999/05/18
  • メディア: CD

ブラームス:交響曲第1番

ブラームス:交響曲第1番

  • アーティスト: ミュンシュ(シャルル),ブラームス,パリ管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサルミュージック
  • 発売日: 2007/06/20
  • メディア: CD

奇蹟のニューヨーク・ライヴ ブラームス:交響曲1番

奇蹟のニューヨーク・ライヴ ブラームス:交響曲1番

  • アーティスト: 小澤征爾,ブラームス,サイトウ・キネン・オーケストラ
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2011/06/08
  • メディア: CD

このCDの聴きものはシェーンベルクの『浄夜』です。

Symphony No. 1 / Verklarte Nacht

Symphony No. 1 / Verklarte Nacht

  • アーティスト: Arnold Schoenberg,Johannes Brahms,Herbert von Karajan,Berlin Philharmonic Orchestra
  • 出版社/メーカー: Testament UK
  • 発売日: 2009/01/13
  • メディア: CD





9743423.gif
にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ【トレミー】人気ブログランキング

nice!(37)  コメント(3)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

稀少のスタンダード [音楽]


ArtSax.jpg

グラズノフ/アルト・サキソフォンと弦楽合奏のための協奏曲変ホ長調1934

第1楽章 アレグロ・モデラート
第2楽章 アンダンテ
第3楽章 フィナーレ:フーガ

Glazunov.jpg  アルト・サックスがいわゆるクラシック音楽界に登場したのは1840年代ベルギーの木管楽器制作者アドルフ・サックスが考案し、1846年に特許を取得した楽器です。
木管が気の運動性と金管楽器のレンジの広さを併せ持つ。
サキソフォンの名は制作者の名前から取られている。
このアルトのサックスの調性は変ホ長調。
楽器において約一世紀というキャリアはあまりにも若く、クラシック界では歴史の浅い楽器として軽い使いをされていた。
グラズノフという人は酒も好きだったがほんとに音楽と音楽家を愛した人だった。
彼の作品を時代遅れだと感じていたプロコフィエフやショスタコーヴィチ達でさえ、彼の音楽家としてのスタンスには敬意を払っている。
実に愛すべき人間性と器の大きさを持った人物であった。
この作品もドイツのサックス奏者シグルド・ラシャーに懇願され、1934年グラズノフの死の2年ほど前にようやく完成を見ている。
ぐずぐずしてるからグラズノフ自身はこの初演を聴くことはできなかった。
アルトサックスという楽器は滑らかな運指と発音の容易さで即興性に富んでいる。
だから、カデンツァについては爪先から腰と背中を使って吹き込まれる姿勢自体がスイングしていてとてもジャージィな雰囲気を持っている。
人体の延長のような発声構造を持ち、現代の演奏家がこの曲を演奏することはその時代の雰囲気を巧まずして醸し出すことになる。
古くないのだけれど、現代音楽の聴き辛さはない。(言い切ってしまったけど、だと思うよ。)

この作品では最も印象に残った演奏がブランフォード・マルサリスがソロを採ったCDで、弟のトランペッター、ウィントン同様ジャズだけでなく、クラシックの演奏家としても非常に優れている。
残念ながら、インタビューは見つけたけれど、実際の演奏はYouTubeで見つけることができなかった。第1楽章のカデンツァは聴きものだったんだけどね。
この演奏もけっこういいよ。
歴史の浅い楽器だからクラシックとJazzを含めた現代音楽との垣根が低い。
3楽章となっているけれど、単一楽章としても不都合はない。
終楽章にフーガを持ってきているのがいかにも新旧を意識した構成ではないか。


グラズノフは本当に洗練されているね。





Saxophone Concertos

Saxophone Concertos

  • アーティスト: Alexander Konstantinovich Glazunov,Heitor Villa-Lobos,Jacques Ibert,Pierre Max Dubois,Paul Kuentz,Kuentz Chamber Orchestra
  • 出版社/メーカー: Dg Imports
  • 発売日: 2002/05/30
  • メディア: CD

Saxophone Concertos

Saxophone Concertos

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Angel Records
  • 発売日: 1992/01/23
  • メディア: CD

Saxophone Concertos

Saxophone Concertos

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Neos
  • 発売日: 2012/05/22
  • メディア: CD

Saxophone Concertos

Saxophone Concertos

  • アーティスト: Alexander Konstantinovich Glazunov,Richard Rodney Bennett
  • 出版社/メーカー: EMI Classics
  • 発売日: 1998/04/07
  • メディア: CD

 





9743423.gif
にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ【トレミー】人気ブログランキング

nice!(44)  コメント(3)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

Blogの中の猫たち-153 [Blogの中の猫]

♪ にゃんらいふ ♪ 

Sora001.jpg

空の Rayさんちの『空良』そら君?

背中に白い天使の羽が生えたようなツン姫と茶トラなんだけど、色がちょっと濃密で体躯がでかいソラ君。
豹の血が混じっているといえばベンガルが有名だけど、アジアンレパード(小型の豹=日本の動物園では『ベンガル山猫』と呼ばれている)と家猫の交配種でヒョウ柄がクッキリしている。ソラ君はヒョウ柄がお腹の方に目立つね。
横顔はアジアン・レパードというより大型の豹みたいに額から顎の線までがフラットでもう少し顎が逞しければ猫のラインではないような雰囲気がある。
仕事柄昔のサーベルタイガーとかの頭骨を見るとやはり、横から見ると額鼻顎の三点が斜めにフラットですね。
虎なんかもそうです。

Sumilo.jpg

スミロドン 想像図




鼻が尖っていると獲物をくわえたときに息ができなくなるのでそういう形になるようですね。
犬の中でそんな進化をしたのがブルドックですね。
闘牛用の犬だったので、牛ののどに噛みついたまま息ができるようにあんなに鼻ぺちゃに進化してるのです。
そういう意味でソラ君は野性味がありますね。
普通の茶トラ猫より色が濃い。
これは写真のせいだけでもないのでしょう。

Sora002.jpg


メインクーンのツン姫さんも大型の筈ですが、両者並んでもあまり大きさがわからない。
両者デッサンしましたが、まず、精悍な男の子からご紹介。

 

Sora003.jpg


音楽はジョルジュ・ビゼーのピアノのためのノクターンニ長調
とても微細なニュアンスに溢れた曲です。





でも、どうしてこの人が弾いているのかボクにはわかりませぬが、Youtubeの紹介ではニ短調になっていますが、こりゃどう聴いても長調でしょう。
グールド自身の作曲家としての感性はこういうロマンティシズムを許容するところにあるようです。
ボクはショパンは弾かなくてもいいから、同じポーランドの二人の早逝の音楽家ザレンプスキの小品やストルペのソナタを聴き

たかったね。






9743423.gif
にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ【トレミー】人気ブログランキング

nice!(54)  コメント(5)  トラックバック(0) 
共通テーマ:アート

何か残念だなあ……… [音楽]

St4.jpg

ラインベルガー/弦楽四重奏曲第2番ヘ長調 p.147

第1楽章 アレグレット
第2楽章 アダージオ
第3楽章 テンポ デ メヌエット-モデラート
第4楽章 イントロダクション&フーガ

JosefRheinberger.jpg    このところYouTubeで聴けていた音楽が次々と削除されている。
以前から『こんなに全曲流していいのかなぁ………』とは思っていたのだけれど、手持ちのCDの中から音楽を紹介するとなると5MBの制限があるので、畢竟長い曲は途中で切れる。
著作権の問題はよく理解しているが、音楽によっては流行廃りではなく、初めッから古いものもあるので、聞き逃している音楽を紹介するには格好の手段だった。
ボクの好きなヒューバート・パリーやシルヴェストロフなんて主要な作品がごっそり削除されていて唖然としたね。
シンフォニーなんて欠片も残っていない。
『エルサレム』は沢山あるけれど。
多分、全曲を扱っているものが今ピックアップされているんだろう。
4楽章をそれぞれの楽章に分けているようなものは残っているようだ。
輸入盤しかなくて注文して在庫がない、売り切れ、製造中止のキャンセル要因を無視し、放置して1年。
ようやく手に入って聴き込んで、その音楽を一部分でもYouTubeで見つけて聴いて貰えば、例え、BGM的に流されてもそれなりに裾野の広がるきっかけにはなるかも知れないと思うんだけどね。
全曲発表されてダウンロードされてCDが売れない。そういう音楽もあるだろうけれど、ちょっと聴き齧って『ああいいな』と思ってCDを探すなんて逆も起こりえる。
自分の仕事柄著作物に対する敬意と利用する規範意識は持っているのだけれど、権利を守る方法があまりに少なすぎるのかも知れないね。
てなわけでヨゼフ・ラインベルガーの作品。弦楽四重奏の2作品も奇麗に削除されていた。
ベートーヴェンがただ一人音と精神の間に旋律的な要素を削ぎ落としていった分野でドイツ的で歌の流れを堅持したスタイルで美しい作品を書いている。
オルガニストとしてのほうが有名で作品もそちらの方が多いけれど、室内楽でもバランスのよいアンサンブルを残している。
でも、いきなりその人の音楽を全曲アップロードして誰がきくかね?
…と、思っていたけれど、けっこういるんだね。「初めて聴いた。美しい。」とか言うコメントが多かった。
クラッシック音楽を掬い取るボクらの平皿はあまりにも浅すぎて、ベートーヴェンやモーツアルトのような大きな粒砂泥の中から漉し残っているけれど、細かくても煌めく砂は泥水と供に元の小川に帰る。
それぞれの楽章がよく練られていて、明快で簡潔なテーマによって構成される。
スラブ系の音楽のように諸手を広げて歌い出すようなノスタルジーではなく、リズミカルな中低域と高音域のメロディが明確に対位されて立体感を生む。
でも、耳に快い弦楽四重奏曲は、あまりにも後期のベートーヴェンの個性に何処かでぶつかって砕けているようなところがあって、シューベルトのような開き直りは期待出来ない。
ボクの美しい音楽は疑うことなく、『美しいと』いう感性の扉を開き、入ってきたときと同じ速度で裏戸を開けて出てゆく。
ベートーヴェンやバルトークの一部の作品のように何でこの「醜」が美しいと感じることができるのかと、フィルターの中に引っかかってくれないね。
それでも、この作品の第2楽章の揺ったりと構成された低音楽器の、無伴奏を聴くような流れの中でうたわれる歌は、一度だけではなく、何度でも扉を開けて入ってきて欲しい魅力を持っている。
この楽章だけでも『通して紹介出来たらなあ』とも思うね。アダージオであり、モルト エスプレッシーヴォである。



そして、第3楽章は敢えてスケルツォではなく、メヌエット。
この舞曲はロマンティックで耳に残る。旋律がヴァイオリンを中心によく編み込まれて、旋律線が低音楽器に移ったときのヴァイオリンのビブラートが洒落ている。



第4楽章はさわりをここで聴いて欲しいのだけれど、フーガ、3声まで行けるかなあ。




オルガンのレパートリィから比べ、極めてカタログが貧弱。
String Quartets

String Quartets

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: THOROFON
  • 発売日: 2001/01/11
  • メディア: CD




9743423.gif
にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ【トレミー】人気ブログランキング

nice!(36)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

ガブリエル・デュポンと砂丘に立つ家 [音楽]


Bechstein.jpg
ピアノ曲集『砂丘に立つ家』



第1曲 澄み切った朝の砂丘
第2曲 水面の帆船
第3曲 想い出の家
第4曲 風は我が兄弟雨は我が姉妹
第5曲 幸福な憂鬱
第6曲 陽の光は波間に戯れ
第7曲 夕暮れの松の木
第8曲 夜-海のさざめく音
第9曲 星の煌めき
第10曲 波

 

G-Dupont.jpg

結核のため36歳でこの世を去った作曲家。
同姓同名の女性にクロード・ドビュッシーの愛人がいる。
彼の写真を検索していたらやたらドビュッシーが出てくるので閉口した。
この作曲家について多く知っているわけではない。大体が若くして亡くなっていて作品もそう多くない。
4度応募したローマ大賞(ルイ14世時代からフランス国家が芸術を専攻する学生に対して掲げた芸術大賞。奨学金月の留学制度)ではオルガン演奏家であり、作曲家であったアンドレ・カプレの後塵を拝した。
彼自身はオルガニストであった父から音楽を学び、パリ音楽院時代にはマスネに作曲を学んだ他オルガンも継続して学んでいる。
4度目のローマ大賞応募の際2位となった彼にの後ろにはモーリス・ラヴェルがいた。
ドビュッシーの友人だったアンドレ・カプレといい、この時代のフランスの音楽界は人間関係が狭いね。
彼の音楽はほとんど知られていないけれど、彼自身ピアニストとして相当な実力を持っていて、ピアノのための印象的作品をいくつか残している。
中でも10曲の印象主義的な題名が付けられた『砂丘に立つ家』は出色です。
砂丘に建っているのではなく、家自体が人から離れて立っているという印象がある。
『砂上の家』という訳も見かける。でも、他の標題が海の匂いがするところからそこまで抽象的な儚さや脆さを歌い上げたものではないと思う。
作品自体は音化された音の筆によって塗られてきた光と影のキャンバスではなく、ロマンティックな印象を持つ。
印象主義的というより、かなり具象的な音楽である。グルービィ虹彩の氾濫ではなく、明確な物語がある。
丁寧な描写の中に象徴的な旋律があって、それがとてもピアノ音楽として芯を突いている。
第1曲 澄み切った朝の砂丘 清烈でまだ夜の冷たさが残っている早朝の砂の上に夜のうちに風が掃いていった風紋が朝日の中に緩やかなウエーブを描き朝日の当たるそのカーブの先端をキラキラと煌めかせながら幾重にも重なり、やがて波音の中に緩やかに沈んでいる。
振り返ると、時間に取り残されたように漆喰の塗り込められた白壁の瀟洒な家が立っている。
ナウシカを思い出したね。
メイビウスの名で知られる漫画家ジャン・ジローの持つ世界が音を介して宮崎駿の世界に繋がっているような気がした。
第2曲は舟歌だね。
フォーレよりはウェットで砂の丘から沖に見え隠れする小さな帆船のあるかなしかの揺れが聞こえる。
現実にはかなり厳しい波頭に揺れているのだけれど、遠くから眺めている舟は緩やかな時間の中にある。
第3曲は素晴らしく幸福な想い出。明確な家屋の内部の壁に滑らかに動く命の記憶が見える。音楽は壁と命のしなやかさを描く。
第4曲風雨に認知された自然に溶け込んだ砂丘の家。波打ち際の砂浜から駆け上がった砂丘の上に起こる風紋と海に帰る雨。
第5曲はとても人間的な音楽。
澄み切った音が醸し出すのは明澄の中にある人間的な澱。
第6曲は一番印象派的な曲だね。
薄い光は風が起こす波に当たってキラキラと光を散らす。
光の強さのレベルが波間に拡散するその様子がクッキリとした色合いで描かれる。
第7曲夕陽の前に立ちはだかる壁のような松林。木々は金色の輪郭と黒いシルエットの中に埋め込まれ、砂と人の生活を仕切っている。
家は松林の背後ではなく、海と砂に面してまだ立っている。
第8曲と第9曲は同時刻に海の見える砂丘の上に立つ家を包んでいる波音と夜空の世界。
ロマンティックだけれど、そういう情景が人の心に浮かぶ旋律を注意深く選んでいる。
美しい音楽です。第9曲は子守歌のようです。
最後の曲は見事にピアニスティックな響きと運動性がうねるような波の印象を描いている。冷静なショパン。


いい曲ばかりですが、ここでは第1曲を
お気に召せば全曲聴いてみて下され。ピアノはベヒシュタインです。



Les Heures Dolentes & La Maison Dans Les Dunes

Les Heures Dolentes & La Maison Dans Les Dunes

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Atma Classique
  • 発売日: 2011/06/28
  • メディア: CD
Peom Pno/Strs/Maison Dans Les Dunes Pno

Peom Pno/Strs/Maison Dans Les Dunes Pno

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Timpani
  • 発売日: 2003/09/30
  • メディア: CD
Dupont: Dupont

Dupont: Dupont

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Saphir
  • 発売日: 2009/06/04
  • メディア: CD




9743423.gif
にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ【トレミー】人気ブログランキング

nice!(47)  コメント(3)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

Blogの中の猫たち-152 [Blogの中の猫]

おかずの森

Kitchom02.jpg
nachicさんちの吉ちょむ君。

 

典型のスコティッシュフォールドである。

ブログに登場するのは2匹のスコさんでおっきい方がこのお方。ちっちゃい方は
福(ふく)という名前らしい。サビシマの絵心をそそる色合いであるが、残念ながらまだ成長途中。
ブログのサブタイトルは『ひとくちのアミューズで ほんのちょっと幸せ♪』メインはちょっとしたパンやデザートの食べ歩き。
そこにちょこっと挿入されるにゃんこの写真とコメントがゆったりしていて癒されます。
吉ちょむ君は本名かどうかは知りませんが周りの時間の流れまでまったりしそうな姿ですね。
デッサンを採った写真は2匹で写っていたものですが、目を力一杯丸くしております。
室内でかなりの日射しの中にいたんでしょうね。
猫らしい糸目になっていました。

Kitchom01.jpg



黒目がちにするのは簡単なのですが、針のように細くなった瞳孔に夜行動物の生き様を見るようで個人的には好みなのですね。
この辺にいつも親和な目で人と視線を交わす犬と、何処で暮らしていても、どんな固定種でも、しっかり自分の壁を自分でコントロールするすべを知っている猫の唯我独尊の生き様の違いでしょうね。
体色はブログのいろんな吉ちょむ君の写真から多分こんなんではないかという色合いを選びました。
写真より濃いかなあ。

 

Kitchom03.jpg
 

 

音楽は グレイス・ポッター&ザ・ノクターナルズの『The Lion The Beast The Beat』2012年のアルバムのタイトルチューンです。
しゃくれ顎の典型的なアメリカ娘ですが、ベースにカントリーっぽいノリがあって、けっこうローカルなロックバンドの雰囲気が残っているところがいい。

 


nice!(58)  コメント(4)  トラックバック(0) 
共通テーマ:アート

香気と明晰 [音楽]


pf5.jpg
レイノルド・アーン/ピアノ五重奏曲嬰ヘ長調 1921

第1楽章 モルト アジタート エ コン フォーコ
第2楽章 アンダンテ(ノン トロッポ レント)
第3楽章 アレグレット グラッツィオーソ


200px-Reynaldo_Hahn,_par_Lucie_Lambert_(1907).jpg   アーンの室内楽はほんの数えるほどのものだけれど、残されているものはどれも独特の雰囲気と空気感を持つ。
ピアノ三重奏曲は何処かにソースがあるのだと思うけれど、残念ながら手に入らない。
歌曲ほど熱心なファンがいるわけではないのだろうね。

第1楽章 決然としたピアノの和音の後の潔いテーマ。
ドイツ的な重厚さはないけれど、フォーレが持っていたサロンと古典の幸福な融合をここにも聴くことができる。
その意味ではアーンは純粋な開拓者ではないけれど、持っている個性が余すところなく彼の美質である歌謡性を支え、作品をあるべき位置に据える。
フランス近代の音楽はフランス人自体が気づいたとき思いの外深く広かった。
ただ、ルクーにしろ、アーンにしろ出生地はそれぞれ国を異にするけれど、芸術に対する寛容は彼らに生涯を終えるまでの安息を与えてきた。
この楽章には香気の醸成を煽り立てるような弦楽のビブラートはいらない。
明晰な力と切れ。
それが音楽の芯を支え、明朗で協奏的な推進力を生む。
特にテーマがピアノパートに顕れるときの躍動感は素晴らしい。
(今回はソースが5MBに限られているので、その部分まで紹介できなかった)
聴くべきはフランス室内楽に共通する緩徐楽章ではない。
もちろん第2楽章がイケないと言うつもりはない。
ただ、あまりに印象主義的で厚いフィルターを通した陽の光の中で個々の表情をのぞき見ることができない人々の中に置いてゆかれたような頼りない感覚がある。
葬送の調べのようなピアノの中を粛々とすり足のヴァイオリンが歌う。
この作曲家は弦楽から弦楽への受け渡しが巧みで、その点ではフォーレと遜色ない。
アンドレ・キャプレやガブリエル・デュポンとかラヴェルの時代には優れた音楽家がいたけれど、この人もまたホントに見落としてはいけない人ですね。
弦楽の主題がポツポツとピアノに浮かび上がり、弦楽の重奏が寄り添うように心を引き立てようと同じ旋律を繰り返す。
ピアノ四重奏曲第3番のような行き着く先が見えてこない。
もっともそれは4楽章形式ではなく、作品を急・緩・急の3楽章形式にしたための意識的な混沌であるかとも思える。
第3楽章は進む先々でグルービィな光の靄の中から第1楽章のテーマが顔を出す。
第1楽章と第2楽章のテンポが混ざり合った中をバランスのよいシンプルなテーマが交錯してゆく。フィナーレらしい広がりを持った好ましい楽章でした。
YouTubeにもライブですが演奏がありました。
でも、録音のせいとは思いたいのですが、水で洗いすぎた白菜の浅漬けを食べているような感じで何とも………
で、今回は手持ちのソースをちょこっと
第1楽章のさわりです。

 


Piano Quintet (W/Book)

Piano Quintet (W/Book)

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Naive
  • 発売日: 2010/12/29
  • メディア: CD
Piano Quintets

Piano Quintets

  • アーティスト: Louis Vierne,Reynaldo Hahn,Stephen Coombs,Chilingirian Quartet
  • 出版社/メーカー: Hyperion UK
  • 発売日: 2001/11/13
  • メディア: CD

nice!(43)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

今年の風蘭 [地方地域情報]

 

DSCN6033.jpg



毎年もう少し暑くなってから咲くのだけれど、今年はもう庭木の風蘭が蕾から開花し始めている。
銘品といわれるものは、残念ながら忙しくて手が入れられず、ほとんど枯らしてしまった。
小さな鉢植えはもともと木に着生するこの蘭の性質に合わないのだけれど、江戸時代の大名の趣味だったこの風蘭(趣味的には富貴蘭という)には鉢植えの歴史があるので、要は育てる方の無精のせいだと言うことははっきりしている。
だから手持ちの富貴蘭(銘が付いた風蘭)も普通の風蘭もところ構わず庭木に着生させた。
緑色の花を咲かせる『翡翠』という名の風蘭はある夏の夜ごっそり木から剥がされて盗まれた。
かつて高知県の室戸市で発見され、採種者はそのミドリ花の風蘭を売って家一軒建てたそうだ。
まあ、ね、剥がされるのも覚悟で付けたんだからしょうがないね。
だけど、今残っているものは剥がして行くのはなかなか難しいだろうね。
学名はNeofinetia falcata 日本原産の固有種だ。
裾(キョ)が長く、風雅な小さな花を沢山付ける。
開花して二日目あたりの夕暮れ頃からバニラ系の芳香を放つ。
窓を開けていると風にのって薫ってくる。

DSCN6036.jpg


アングレカムは大きな花だけれど、その極小形だね。
夜の花だね。花蜜は蝶や蜂のためではなく、専ら小さな蛾のためのものだろうね。
甘い匂いに誘われて花弁に頭を突っ込むと、花粉が頭に付く。
蘭は花の中で最も進化した植物らしい。
日射しが弱く雨がちなので、赤い花を付ける種類がちょっとピンクがかっただけで咲き始めた。


DSCN6034.jpg


もっと日焼けするほどの日光を浴びると花が紅く咲く。
風蘭は普通株分けで増やすのだけれど、花粉でも育つ。
庭木に付けたって何年待っても目なんかでるわけがないと思っていたら驚いたね。
槇の木のたった一枝だけに沢山の芽が吹いていた。
その枝だけは風蘭の増殖環境にぴったりの何かがあるんだろうね。


DSCN6032.jpg


他の木、赤松やウバメガシの風蘭は、株で増えるけれど、種で増えたのはこれが初めて。
逆に言うとその木の本来の生命力が蘭菌の増殖を許すだけ衰えてきたともいえるのかも知れない。
まあ、何年持つかはわからないけれど、当分の間梅雨のうっとおしい夜に少しは風雅を添えてくれるだろう。







9743423.gif
にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ【トレミー】人気ブログランキング

nice!(38)  コメント(6)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

D567かD568か…ややこしい [音楽]


imagesCA0YP1EQ.jpg
シューベルト/ピアノ・ソナタ第7番変ホ長調D568

第1楽章 アレグロ変ホ長調(D567では変ニ長調)
第2楽章 アレグロ クワジ アンダンティーノト短調(D567ではアンダンテ嬰ハ短調)
第3楽章 アレグレット変ホ長調
第4楽章 アレグロ モデラート変ホ長調(D567ではアレグレット変ニ長調)

schubert.jpg   変な書き方になったけれど、この人の作品の特徴と言うよりは後世の人間が捨てるに忍びなくて、つい保存してしまった作品の断片というのがこういう形になる。
似たように小品がやたら残っている作曲家にシベリウスがいるけれど、この人は若いとき貧しくて、ピアノがない部屋で食べるためにリクエストを請けて小品を作曲していた。
シューベルトはちょっと違っていて、途中で放り出しているものが多い。断片っていうやつ。
それでも、その欠片の中にある旋律の美しさは捨てがたい。
でも、このD568とこの作品の元となったD567やガシュタイン交響曲と第9番「グレート」なんかの関係はちょっと違う。
シューベルトが残そうとし、後に出版したのはD567ではなく、このD568であり、ガシュタインではなく、グレートである。
もっともグレートは彼をリート作曲家程度に考えていたメンデルスゾーンがシューマンと供に故人の家を訪れ、書斎にあった第9番の楽譜を見てぶっ飛んで、自分で初演に及ぶまではグレートそのものも幻であったのだけどね。
D567は第7番変ニ長調の3楽章形式として完成していた。
でも、彼は自分でこの作品を全音階高い変ホ長調で練り直し、出版している。
つまり、改作したのであり、彼が望んだのはピアノの運指が優しいか難しいかという問題ではなく、D568の7番であったろうと言うことです。
それでいいじゃないかとボクは思うのだけれど、D567まで世に出さなければいけないのだろうかね。
シューベルトの創作過程を検証するとか学術的には理由はいくらでも付けられるだろうけどね。
ジジイの耳には調性は異なるが、D567にはない3楽章を除けばあまり違いはないように思う。
強いて言えばD568はほんの少しずつ複雑になっている。
第1楽章は再現部でシンコペーションするだけ凝ってるということか。
いずれにしろそんなに複雑な音楽ではない。
1音1音は軽く、飛翔するほどの天啓はないけれど、しっかりと歌う。優雅さと明澄さが実にスムーズに入れ替わる。
そして、第2楽章の深くはないけれど、息をするように音の周りに醸される寂寥とロマンティシズム。
アルぺジオーネ・ソナタのピアノに最初に顕れる音形と酷似した冒頭から、シューベルトらしい息の長いくり返しが生む転調への流れ、単調なだけに滲みる。
第3楽章 メヌエットだろうね。一息で雰囲気がかわる。ベートーヴェンのような思念の翳りではなく、移ろう心そのものの音化。こういうやり方で彼は何かを伝える音楽を作ろうとすれば何度も何度も同じフレーズを繰り返すことになるのだろう。
意思的に音を作りそこに終結を置く創造とは異なる。
音の中にその時々の移りゆく自分を重ねて行く。
成熟と供に心の言葉は多岐に亘り、音楽は様々な変化を生む。
そのほとんどがロマン的な和声に縁取られ、あまりにも美しく響き、浮力に満ち、耳と心はその深淵の中にある作曲者の孤独にまで潜って行けない。
第4楽章は作曲されたD567とあまり大きな違いはない。
中間部にショパンのように軽快に走る左手の動きが新しく加わっており、アレグロよりもじっくりと聴かせるピアニストが多い終楽章としての彼なりの纏め方が自然でテンポ的に似通ったものになるのを防ぎたい気持ちの8分の6拍子だろうけど、結果的にここを弾き飛ばすピアニストはあまりいない。
音の持つ響きの中に全てがある。
でも、その「ある」ものは普遍的な人の内省の模様を含んでいなくて、音そのものの持つ色合いが聴くものの感性と共鳴する。

ボクの欲しいイメージを伝えてくれる演奏は残念ながらまだ見つけていない。 
音の美しさとシューベルトの音楽の流れを淡々とはじき出す演奏はある。
ウィルヘルム・ケンプの演奏は彼の本質がベートーヴェンよりシューベルトに近いのかも知れないと思わせるものです。 

 その第2.第3楽章を続けて

 





Piano Sonatas

Piano Sonatas

  • アーティスト: Franz Schubert,Wilhelm Kempff
  • 出版社/メーカー: Deutsche Grammophon
  • 発売日: 2000/10/10
  • メディア: CD

Piano Sonatas

Piano Sonatas

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Decca
  • 発売日: 2011/09/29
  • メディア: CD

Schubert: Complete Piano Sonatas

Schubert: Complete Piano Sonatas

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Pid
  • 発売日: 2013/07/02
  • メディア: CD

Piano Sonatas

Piano Sonatas

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Berlin Classics
  • 発売日: 2008/10/14
  • メディア: CD





9743423.gif
にほんブログ村 クラシックブログ クラシックCD鑑賞へ【トレミー】人気ブログランキング

nice!(50)  コメント(5)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽