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Blogの中の猫たち-159 [Blogの中の猫]

チョビ猫のつぶやき

Chobi02.jpg
人ちょびさんちの猫ちょび君

 


ジジイと違って毎月全日更新。ジジイはさぼりにさぼったね。
牛柄君にちょび髭状の模様がある御仁は何匹か描いた。
どうしてなのかね。でもこのちょび髭状の模様を取ったら、これまたたくさんいる。
しかし、仔細に見るとやっぱり髭の一本から違うんだね、
このちょび君も名前は直球だけど一筋縄ではいかなかった。
写真は沢山あるのだけどね。なにしろ『寝子』だから。
目を開けているものはまん丸の室内バージョンの瞳が周りの黒に埋もれてしまっている。
それを描くのは面白いんだけど、最近ちょっとやり方がわかってきた。



Chobi01.jpg



そうなると他の方法を試したくなって、気が移ると描きかけでほったらかしにしてしまう。
いかんいかん。
フォルダの中には描きかけの画像がたまりにたまった。
最近のものから少しずつ先に進めようとしておりますが、寄る年波、ブログの更新もたーいへん。
仕事やらなにやら忙しいのと、テンションが上がらない時期が2,3年に一度くらい来る。
これが年齢に起因するものかはわからないけれど、正直、今年の夏はちょっとへバッタね。
涼しくなってきてようやく我に返ってきた。

てなわけで今回は牛柄の直球。『ちょび』君でした。

Chobi03.jpg

 




音楽は最近よく聴いていたショパンの国の早逝の音楽家。NAXOSの膨大な作曲家のストックの中にも名前がない。
そのWho's Who
21歳でこの世を去ったアントニー・ストルペの器楽部門での世界初録音。 

ピアノ・ソナタ ニ短調 の第1楽章 アレグロ・アパッショナート




ショパンのというより、ポーランドの音楽が持っている特有のニュアンスがこの作曲家にもある。あながちショパンから始まっているからと言うわけでもないようだ。 YouTubeには残念ながら第1楽章しかない。

でも、この楽章が一番気に入っている。





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感性の引出 [音楽]

 

Violin.jpg 

モーツァルト/ヴァイオリンと管弦楽のためのアダージオホ長調K.261

よく知られているモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第5番{トルコ風}の第2楽章のアダージオの演奏者に応じた代替作品として知られている。
いわゆる『ブルネッティのアダージオ』というやつ。
どちらが優れているかという評には余り関心はない。
モーツァルトはこの作品だけではなく、彼の楽曲を演奏する弾き手の能力や趣味嗜好、音に対する感受性などにより、オートクチュールのように音楽を仕立てる。
直感的な批評力と自作に対して演奏者がとるアプローチにより全体の形を損なうことなく、音楽を仕合わせる。
ドアを開け、既にそこにいるだろう相手がわかっていてより明確な旋律と歌が流れる。
清楚で単純な起伏の後に、技量が流れを堰き止める危険も持っていた原曲よりもこの曲は陰影が深い。
どちらを好むかはその人の嗜好だけれど、カデンツァがあまり長くないこの曲はそれなりにボクの好みです。
ヴァイオリンという歌う楽器の迫真力と高音の嘆きは、他のヴィオラやチェロよりも刺さる棘が細かくてあまり得意ではないのですが、
モーツァルトはそれを意識させないひと手間がある。
中間部の翳りは明るく微笑む、優雅な女性の表層と深裡に人の実体を見るように音楽全体の立体感を形作る。
原曲の清廉に少し陰影の重さが加わっているけれどこれはこれでモーツァルトのプロ意識なのだろうね。
彼が開けたアントニオ・ブルネッティのための引出にはいくつかの大きさと重さや太さの違った筆先が揃っている。

 YouTubeにも沢山の演奏がある。
ピアノ伴奏のものもいいものがあるけれど、ヴァイオリンがやるべきことに集中しすぎるためか言葉が強すぎる。
何て言うか音楽が聞こえる前に演奏者の鼻息が聞こえるという感じ。
で、フランコベルギー派のグリュミオーの演奏を紹介。
あまり粘らずにオーケストラにあわせていて、第1楽章で頑張った後という引き締めも必要ないサラリとした魅力がある。

 

 

 

Violin Concertos 1 & 2 / Adagio K 261 / Rondos K

Violin Concertos 1 & 2 / Adagio K 261 / Rondos K

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Virgin Classics
  • 発売日: 2006/07/04
  • メディア: CD

モーツァルト:ヴァイオリンと管弦楽のための作品全集

モーツァルト:ヴァイオリンと管弦楽のための作品全集

  • アーティスト: カントロフ(ジャン=ジャック),モーツァルト,ハーガー(レオポルド),メンデルスゾーン(ウラジミール),ウィルソン(グレン),マルティノーバ(オルガ),オランダ室内管弦楽団,藤原真理,メイヤー(ハンス),オーヴェルニュ室内管弦楽団,ステヘンガ(ヘリ=ヤン)
  • 出版社/メーカー: コロムビアミュージックエンタテインメント
  • 発売日: 2005/06/29
  • メディア: CD

ザ・モーツァルト・セラピー~和合教授の音楽療法~Vol.3 美肌・アトピー

ザ・モーツァルト・セラピー~和合教授の音楽療法~Vol.3 美肌・アトピー

  • アーティスト: モーツァルト,クッカル(オンジェイ),エレット(パヴェル),チェコ・フィルハーモニー管弦楽団,チェコ・フィルハーモニー弦楽四重奏団,セケラ(ミロスラフ)
  • 出版社/メーカー: ロックチッパーレコード
  • 発売日: 2006/05/17
  • メディア: CD

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番&第5番

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番&第5番

  • アーティスト: ベル(ジョシュア),モーツァルト,マーク(ペーター),イギリス室内管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2003/06/25
  • メディア: CD

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216/ヴァイオリンとオーケストラのためのアダージョ ホ長調 K.261/他

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調 K.216/ヴァイオリンとオーケストラのためのアダージョ ホ長調 K.261/他

  • アーティスト: シュナイダーハン(ヴォルフガング),モーツァルト,ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2001/06/29
  • メディア: CD

 





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Blogの中の猫たち-158 [Blogの中の猫]

猫とお花と

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ミケシマさんちのシマ君

 

御主人は相変わらず食べて飲んでるようだね。
でもただ飲んでるのではなくて写真に出てくる花とフェルトで作った動物が可愛い。
趣味なのかな、花の方はどうもプロの仕事みたいだけど。

ミケシマ嬢を描いてからしばらく経。
相方のシマ君の方はさびシマ系で、この種のにゃんこはいくつかスケッチしていたこともあったので後に回っていた。
その中でこの元になった写真は小さくて細かい部分がよくわからない。
割合から言うと動きのある写真が多くて難しかったのだけど、どちらにしようか迷ったのがあった。
でも比べるとこの写真のデッサンが圧倒的に表情が漫画っぽくてメリハリがきいていた。
漫画っぽさを何とか残せたろうかね。

Shima02.jpg

ころっとした丸顔と丸く短い耳、鼻のちょこんとした色合い。
イリオモテヤマネコを彷彿とさせる。
頭が良さそうで親密な男っぽさもある。(おとこ…だよな。)
例によってタイムリミットがあるので仕上がりが荒い。
でも、その方が味が出ることもあるね。

 

Shima03.jpg

 

音楽はレスピーギのピアノのための6つの小品作品44から最後の6曲目間奏曲-夜想曲

レスピーギのピアノ曲はサロン風でどれも決して荒ぶることはない。
『これをしなければならない』と固く決めたいくつかの心の中に立てた柱の隙間を優しく吹く風のように慰撫して行く。
古楽と教会旋法の研究とシンフォニックな管弦楽の研究を積み、そのベースにこういうほんとに作為のない抒情を醸し出す。

 

 

 





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演奏台での終焉 [音楽]

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その音楽家は演奏台の上で死ぬことを理想とし、音栓助手をつとめた愛弟子であるモーリス・デュリュフレが呆然と見守る中、足鍵盤の低いホ音を踏んだままその理想を全うした。

ルイ・ヴィクトル・ジュール・ヴィエルヌ。
希代のオルガニスト。


Vierne.jpg  ボクがこの作曲家を知ったのは、彼が即興演奏の大家として名を成していたオルガンの分野ではなく、彼の室内楽でした。
チェロ・ソナタやピアノ五重奏曲、数は多くないけれどセザール・フランクが先天的白内障で大きなハンデを負っていた少年の演奏に魅せられ、パリ音楽院への道が開かれた。
オルガニストとしての名声と実力また指導者としての才能も頭抜けています。
その後の苦節とオルガニストとしての稀類ない才能は、オルガン好きの方ならばどなたでもご存じだろうけれど、ボクは彼の室内楽に魅せられていた。
最近になってピアノ曲の非凡や室内楽の素晴らしさが日本にも知られてきたのだけれど、あまりにもオルガニストとしてまたオルガン楽曲の作曲者としての輝かしいキャリアに霞んでしまっていて、ボクの手許にあるCDはわずかですが、全てフランス語で何やらわからん。
面倒くさがりの叔母がボールペンでライナー・ノーツを解説してくれているので何となくわかる程度。
彼のオルガン楽曲はほとんど聴いたことがないけれど、超有名なこの曲は知っている。

 

 

 24の幻想曲の中の第3番『ウエストミンスターの鐘』op.54です。

 


 

24 Pieces De Fantasie

24 Pieces De Fantasie

  • アーティスト: Louis Vierne,Ben van Oosten
  • 出版社/メーカー: MD&G Records
  • 発売日: 1999/07/20
  • メディア: CD

 

 





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Blogの中の猫たち-157 [Blogの中の猫]

にゃんらいふ

Tukushi04.jpg

空の Ray さんちのツクシ姫

このブログの主は6月20日から更新がない。
でも、そんなことは関係なくて、この主に飼われているニャンズは2匹はもとても魅力的だ。
マッシヴな野性を感じさせるそらちゃんと優雅な姿をしているこのツンちゃんことツクシ姫。

Tukushi03.jpg

6月には体調不良から脱したのかね。
7月から全く音沙汰ないのでわからないけれど、メインのサイドに貼ってある写真をスケッチした。
カゼを惹くと感覚が狂うのか、目と鼻を中心とした三角点がずれる。いつものように全体から行くとどうにも横に広くなる。
今回は逆に小さく目と鼻の位置からコンパクトに描きながら少しずつ外側に移っていった。
下書きの線が今回は沢山残ったけれど、一本一本毛並みの色で消してゆくのをやめた。
つまり、適当に掴めたらいいではないかと。
ソファか何かに保たれているのか
横向きの写真なのに目の焦点が右にある。
Reyさんが右側にいて誰かが撮ったのか右側に彼女の気を引くものがあったのか。
後者かなあ。目の先に外が見える窓でもあるんだろうかね。
ジジイもだいぶくたびれてきてようやく157匹目。
最近猫の仕事が回ってきたりする。
Paypal決済を知ってるということは、個人的にジジイに古生物画像を発注した方かも知れない。
こっちの方はまだ仕事ではないと丁寧におことわりした。
今は昼間の仕事が忙しくて高解像度で大きな画像を描く暇がない。

Tukushi02.jpg


でも、このツンちゃんだって原画は320dpi。立派に印刷に堪えられるのだけど、原画が小さい。
ブログで紹介するのはjpgだけど結構解像度を上げている。
観る分には十分だと思うけど、どんなもんだろうか。

Tukushi01.jpg



音楽はアナトーリ・リャードフ4つの小品作品64
この人はようわからん。怠け者なのか、自己批判が強いのかあんまり作品が残っていない。
ピアノの小品は結構多いのだけど、こういう風に作品番号がついているものが、一般的によく知られているにすぎない。
この音楽自体隙間の音楽だけれど、何処か憧れのようなものが聴けてボクには時々ショパンなどより素直に入ってくる。


 

 

 

 






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忙中閑 [地方地域情報]

久しぶりで叔母が帰郷した。

今回はパリで企画している原布(古い布地)の展示会用の資料集めと、母ともういつ会えるかわからないのでお互い相手が認知出来る間に会っておこうというのである。
途中でイギリスにいる娘のソニアと落ち合い揃っての帰郷である。
ソニアは変わり者のボクの次女と気が合うらしく、昨年も遍路をやりに我が家に立ち寄って、漫画家志望の次女となにやら英語と日本語のチャンポンで話していた。
フランスは飛び級なので中学1年の時に高校に編入し、高校に1年ほどいて大学に進んでいる。
日本語は土佐弁が少し、父のドイツ語と生まれた国のフランス語、仕事場のイギリスの英語と器用なものである。
ちっちゃな我が娘と並ぶとエレガントな女性だが、妙に幼いところがあっておかしい。
彼女は小さなころからうちの母が大好きで、というのも何かにつけてサンゴのネックレスとか可愛い小物をプレゼントされていたからなのだろうね。

田舎のじじばばのいるデイサービスへ母に面会に突然出かけるから、他のお年寄りが興味津々で取り巻いてました。

叔母はもう70を超えているはずだけど、精力的。
画家の旦那は留守番。
東京から用事を済ませて朝一番で高知龍馬空港へ。
そこから車に乗せて桂浜の方から海を観ながら予約していたホテルに向かった。
途中の海。


写本 -2013091711280000.jpg

朝の海はまだ夏の日光を反射していて水平線のグラデーションが鮮やかです。
空と海の色がほぼ同じ色ですね。

写本 -2013091711280003.jpg 


夜は郷土料理を食べに出かけました。

写本 -2013091721040000.jpg


カツオの塩たたきとカワハギの肝つきのお造りは美味しかったね。
行った店は漁師が経営していて漁師や釣師がよく食べるものがあったりする。
カワハギの肝を潰して醤油に混ぜ、それに刺身を付けて食べると美味しい。

二日目はあちこち海岸沿いを巡り、その日高知に。
市内の料理屋の親戚の従兄弟と夕食をするので送っていった。
昼食を軽く『ひろめ市場』というB級グルメの集積地に行った。
そこで食べた餃子が美味しかったらしく、ソニアはカウンター越しに餃子を焼いている青年に好奇心150%の早口で作り方を聞いているらしく、若者はフランス語と土佐弁の奇妙な混交に戸惑いつつ、餃子にかけるのは水ではなくてスープだとか身振り手振りで教えていた。
あまり熱心に集中してみている娘に呆れて連れに行った母親がまた帰ってこなくなった。
二人で観てるのである。

写本 -2013091815100000.jpg

 

笑うしかない。

2日も休んだのは久しぶりだったけど、結構疲れが取れたね。


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呟きと熱情 [音楽]

ViolinCello.jpg


木訥として呟かれるオブリガード
数百年前の乾いた板を共鳴させ、温もりのあるバリトンがうねる。
ロマンティックだけれど、過度な湿り気も粘りもない。
想像と霊感との間に距離があり、作曲にかけた時間が音楽の表面に貼り付いた情念を剥がしていったのか。
ヒロイック。何かのロマンに触発されたのか。
ブラームスには自分自身の批判的な作品への省察によって破棄したチェロソナタが2曲ある。
ホ短調作品38にはその2曲の中の2番目の作品の緩徐楽章が用いられる筈だった。
多分第2楽章アレグロ・クワジ・メヌエットの後にアダージオとして。
でも結局ブラームスはそれをせず、ベートーヴェン的な3楽章形式の作品に仕上げた。
それがどんな音楽だったのか聴いてみたい気もするけれど、ブラームスのアダージオはあんまり成功したものがない。
彼の緩徐楽章はピアノ曲を除いてよく歌う。
この第1番のチェロソナタはヒロイックな第1楽章に小さなメヌエットを挟んでバッハに回帰している。
柔美な旋律は入る余地がないような気もする。
その時のブラームスの気分はチェロソナタを一気に書き上げるような気分ではなかったのだろうね。
ブラームスという作曲家はその時々に残す作品が、その時々の作曲家の心象を想起させるという点でバカがつくほど真っ直ぐである。
既に彼の気持ちは半分以上ドイツ・レクイエムに行っていて、ほんとに力が入っているのは第1楽章だけだ。
第3楽章のフーガは素敵だけれど、主題そのものが既に沢山のものを言っている。
フーガの技法のコントラプンクトゥス13。
自由なフーガを作る才能はベートーヴェンに勝る。
ただ、ベートーヴェンの荒い木彫りの彫像のようなフーガにある物質的な感動を受けることはないが…
第1楽章のチェロに耳を塞いでピアノの音を追ってみる。
楽譜で音を選別するイメージを正確に掴むほどボクは立派な頭をしていない。
そのかわり、シナスタジア(共感覚)ではないけれど、集中すれば伴奏のピアノだけを音楽の絡まる重奏の中から浮き上がらせて聴くことができる。何度も何度も同じ演奏を聴いてると誰でもできるんだけどね。
第1楽章の主題と主題の間に入りチェロを縁取るピアノは、木訥として呟かれるブラームスのバラードのように聞こえる。ていうか、もっと大きな耳で14の心を持って、つまり聴くんだね。
そんなふうに聴いていると、ボクはデュ=プレのチェロが好きで選んだのだけれど、夫君はそのチェロを引き立てる伴奏役に徹しているのがよくわかる。
協奏的なパッセージに先を見通してしまったような抑制がある。
そこが不満なのかなあ…
伴奏者としてのバレンボイムは多分デュ=プレのチェロを聴いて欲しいんだろうけど、このジジイみたいな変な利き方するやつがいないわけじゃない。

アレグロ・ノン・トロッポ チェロは夫君と作曲者双方に共感しながらも、次第に自分だけの響きの中に没我し重く澄んだ水面から樹杭のように佇んでいる。水底を爪先爪先に感じたところで
彼女のパトスは作曲者の引いたレールに沿いながらも螺旋を描きながら浮上し、低いチェロの音色は底から離れ、震えながら上昇する。
調和は激しさの中で守られ、アレグロ・クワジ・メヌエットの軽いつま弾きの微笑みを迎える。
その後にどんなアダージオが置かれようとしたのだろう。
聴いてみたいような、がっかりしたくないような…
最後のアレエグロは自由なフーガ。主題はバッハ。聴けばそれとわかる崩しようのない構成感。
霊感が足りなかったのか、気もそぞろだったのか、それでもこの楽章には見せられる。ピアノが導くフーガにチェロが足跡をあわせてゆく。そこからブラームスの自由な閃きが始まる。ピアノはここではバッハの森の『ミチオシエ』のように軽く飛翔しながら振り返ってはまた飛ぶ。

第1楽章 アレグロ ノン トロッポ
第2楽章 アレグロ クワジ メヌエット
第3楽章 アレグロ

ブラームス/チェロソナタ第1番ホ短調op.38


Cello Sonatas 1 & 2

Cello Sonatas 1 & 2

  • アーティスト: Johannes Brahms,Rudolf Serkin
  • 出版社/メーカー: Deutsche Grammophon
  • 発売日: 1984/08/08
  • メディア: CD

Brahms-Sonatas for Cello & Piano Nos. 1 & 2 [12 inch Analog]

Brahms-Sonatas for Cello & Piano Nos. 1 & 2 [12 inch Analog]

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Speakers Corner Records
  • 発売日: 2013/09/10
  • メディア: LP Record

Cello Sonata

Cello Sonata

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: EMI Classics
  • 発売日: 2004/09/22
  • メディア: CD

Brahms: Sonatas for Cello and Piano

Brahms: Sonatas for Cello and Piano

  • アーティスト: Johannes Brahms
  • 出版社/メーカー: Valois Auvidis
  • 発売日: 2000/02/04
  • メディア: CD

呟きと熱情
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『君を乗せて』 [雑考]

宮崎駿さんお疲れさんでした。

 

報道されてからしばらく経ったけれど、ちょっと話題になったことがあって今さらながら書いてみた。

最近は一作終えるごとに引退を口にされていましたが、どうも今回は本気のようです。
初期から後年の作品まで、それぞれに観客としての想い出はあるけれど、10数年を経ても新たな発見ができる、色褪せぬ作品というのは並大抵ではない。
登場人物にはさほど沢山の役者を構えていたわけではなく、プロットの変化によって彼の描く人物のキャラクターは様々な役回りをこなす。
執念深く小知恵が効く大尉さんが、パン屋の親方になったり、気の荒い炭坑夫になったりする。
豚やタヌキや河童はちょっと異質だけどね。
アニメ映画としてとても印象に残ったのは、あまりそれまでテレビでは観なかったルパン三世の『カリオストロの城』。
モンキーパンチの漫画はよく読んだけれど、テレビアニメは何処かぬるかった。
ストーリーの流れの中に組み込まれた幾重にも重なるプロット。善悪の一筋縄では行かない錯綜と一気に大団円に突き崩してゆくダイナミズム。
支えているのは膨大な背景画と言葉である。
宮崎アニメの構造が垣間見えた。
そして登場人物の動きの新鮮さ。ルパンを襲う暗殺集団の動きは後年の英雄『ユパ』の闘いの動きそのもの。大胆で鷹揚。勧善懲悪のストイシズムが強く描かれた初期の作品から善と悪の背景を語らせつつストーリーに流してゆく後年の作品に受け継がれてゆく。
人間的にストイックな悪人は出てこない。
誰かの純粋さに動かされて変化してゆく人間的な矛盾と揺れを心に持っている登場人物が少なくない。
ちょっとひねくれた人間愛に満ちている。
そういう物語を密度の濃い人物や背景の動きで支えてゆく
アニメーターとしての仕事は、絵コンテだけではなく、これを数万枚のセルに描き込んでゆく膨大であるが故に妥協しやすく、機械的になりがちの作業を自戒しつつ、自分のイメージの到達点に引っ張ってゆく。
全てが忍耐を必要とし、色彩感覚は倦んでゆく心と別のところで働かさなければならない。
ジプリの作品は、そこに0と1の数字の羅列が産むクリアで汚れのない画像の展開を頑なに拒んできた。

10枚の葉がついた木の枝がある。
風がその枝の付け根から先端に向かって1枚目の大きい葉から先端の若い小さな葉先まで吹き過ぎてゆく。
数瞬でそれぞれの葉は葉先に向かって勝手な方向にめくれ、その角度により葉裏と葉表に均等に光が当たる。
風の当たってゆく順番に光と緑は極限の色の濃淡の選択の中で、おそらく、凡百のコンピューターグラフィックスがあっという間に創り上げてゆく、製作の規則性とは相容れぬ作業の中で生まれる。
そこには制作者であるアニメーターが満足するだけの膨大なセル画が費やされる。
全てが手作業である。
アナログの作業が続き、それは一枚の葉の動きが重ねられるセルの中で生まれる微妙なズレに助けられ、生きた風が当たっているかのように震え、翻る。
それは自然の持つ曖昧さを深いところで支えている。コンピュータの明確な数値からはじかれた動きのダイナミズムと精度からは生みようがない偶然である。
それを自分の中に取り込み、納得して次に進む。全く、何という頑迷で、気の遠くなるような作業だろうか。
後年、ひとつの作品を作り終えるたびに『もう、やらない。アニメは終わりだ』と引退発言を繰り返していた宮崎氏の気持ちが痛切に伝わってくる。『冗談じゃネエや』と思うんだろうネ、その時は。
でも、作り終えたら、また次の熱に囚われる。

そんな作業をどう組み立て、どう自分の体力と精神的な持続力と相談しながら進んでゆくか。
設定したゴールまでのプロットを重ねたストーリーの終わりにまで続く疲労感に堪えられるか。綱渡りのような毎日だったろうね。
彼が激怒した『ゲド戦記』。それは彼が長年プロットを何度も組み直し、暖めてきたものだと思う。
物語の膨大さを自覚し、どこから創り上げるか様々なことを抱え込んで想定しているときに、自分の息子がさっさと大省略版を作ってしまった。
悔しかったろうねえ。あんなに簡単に作られたら。
暖め過ぎた卵は孵ることはなかった。

『動くハウルの城』はボクにはまだよくわからない作品です。
宮崎氏がどの辺でこの作品に納得されているのか、正直わからないままです。
描かれたいくつかの正義のあり様の違いがそれそれの生存するものの立場から妥協出来ない形で呈示されていた。
全てにわかりやすい解決を与えることはできなかった。『もののけ姫』では解決に行く前に『神』=自然=だいだらぼっちによって幕が引かれ、それを各々の立場の人間や動物が大きな結論の中で生きることでそれぞれの立場を自覚した。ハウルでそれと違ったものがあったのか…
アニメーションは実写で役者が演じると絵空ごとになってくる。
個々の役者の作り込んだ役の背後にある人間が真っ直な内容を複雑なものに変えてしまう。それを役者の存在感と言い換えてもいい。
アニメのキャラクターにはその存在感というものがない。
リアリティを生むものは実写よりもいっそう背景が負うところが大きい。アニメの登場人物の表情にはその時点が写るだけで、深い中身や背負った過去などは声優の声や物語が創ってゆく。
戦争を描くと表現者としては結論に直接結びつけることが簡単になってしまって、その中に描きたかった生き物の矛盾はキャラクターの平面的な表情からは滲み出るものではない。苦しんだと思うね、宮崎さん特にハウルでは。
『もうやめだ。もう、たくさんだ。こんなしんどい仕事はこの年でやれる仕事ではない』と思いつつ仕上げてきたんだろうね。
職人の芸にはその葛藤が微塵も見えるわけではないけれど、平穏が訪れた後、再び表現者として年齢に関係なく湧いてくる『熱』をどううっちゃってゆくのか、心配するのは大きなお世話だろうね。

ほんとにお疲れ様でした。

ジャン・ジローの作品がYouTubeで拾えました。昔から宮崎さんに影響を与えた漫画家ですが、ナウシカあたりでは一番はっきり出てきますね。
ジャン・ジローは漫画家としてはメイビウス(メビウス)という名で知られています。

 

 

ラピュタのテーマである『君を乗せて』は様々な演奏形式がありますが、ホモホニーとして耳に馴染んだ音楽を弦楽四重奏曲に分解統合することに意味があるかどうかと言うことは別にして、単純に気に入ってしまった演奏です。お口直しにどうぞ。


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Blogの中の猫たち-156 [Blogの中の猫]

虹色のパレット

めいさんちの メイちゃん

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久しぶりに描いた。
このところ、というか8月の半ば頃から両親、特に父の健康状態が思わしくなく、介護に手がかかり始めたこともあり、
mikasaurusとmineosaurusは重度のアルツハイマーを医大での手術に持ってゆくため、9月半ばまで疲労困憊でしたね。まあ、何とか峠を越して、少し元気になった頑固一徹の父は手術台で暴れ、暴言を吐き、わがまま放題で帰宅し、抜糸がすみ、今は抗生剤を飲みつつ、栄養補助飲料を一缶飲んで、ぐーすか寝てます。
ジジイがもっとジジイの介護をしてるのですが、ボクの場合は昼間の仕事の分野の知識が随分助けてくれていますね。
まあ、てなわけで、本人はちゃんと生きていて、入院もせず、息子と娘の心配をしつつ、ようやく、自分の時間がもてそうな雰囲気になってきました。
とにかく、帰ってきて絵の仕事のオファーが来ていても翻訳する気にもなりませんでした。
そちらの方もようやくペースが戻って来はじめ、また皆様のブログにもお邪魔するゆとりができてきそうです。
ばたばたしてる最中は、1日にほんの2.3人のブログにお邪魔するくらいが関の山でした。
再会は更新しようと準備していた画像、久しぶりのブログ猫からです。

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メイちゃん。
虹色パレットさんところも更新してない様なので内心ホットしつつ。

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顔はこじんまりしているのですが、肩からお腹にかけては堂々としたピューマっ腹してますね。
かなり前のスケッチを元にしました。


音楽はジョルジュ・カトワール。
1926年に没した19世紀末から20世初頭にかけて活躍したフランス系ロシア人のピアニスト・作曲家。4つの小品作品12から第1曲。「夕暮れの歌」フォーレに似てます。
無銘であるが名刀です。スクリアビンが正座している様な作品ですが、聴きやすくて、この時代のロシアの作曲家特有の理屈っぽさがない。
ゲオルギー・カトゥアールという呼び名は多分ロシア読み?



ほぼ1ヶ月半くらい休みました。まだ以前のペースにはならないでしょうが時々ながら更新します。
今のところ、みなさんのブログへちょいちょい顔を出す方がメインになりそうですが、よろしくお願いシマする。


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