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Blogの中の猫たち-194 [Blogの中の猫]

もかBrog01.png



 ashigata01.gif  たおやかに(直ぐで柔にして剛)茶々




もかBrog.png


このところさぼってたわけじゃないんだけど、調子が悪い。久しぶりのBrog猫です。
この猫さんが逆光に入ってしまうと、油性画像でなければお手上げだ。
写真の発色の具合もあるだろうけど、一貫しているのはこの瞳の色。
まさにキャッツアイのような瞳。
生き物の目なのに色を付けるとどうしてもはめ込まれた宝石のようになってしまう。
適当なハイライトではどもならん。
ずっと描きたくて普通目を入れると生きてくるのに、目だけが生きてしまって…
今回もあきらめて、ペンタブレットに離し気味に揺らしながら4倍画像を絵筆のツールでペタペタやって遊んでいたら、
何となくそれらしい色合いになってきた。体色とのバランスがやっと取れてきた。
も、これでやめとこ。
やり過ぎたら元も子もない。と完成ということにした。

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音楽はショスタコーヴィチヴァイオリンのための5つの小品。から第1前奏曲




確か楽劇か何か、『馬アブ』の中の一曲で、この曲はかなり有名になってる。
もともと編曲はショスタコーヴィチ自身ではなくて、2台のヴァイオリンのための小品だったはずだ。
ショスタコーヴィチは映画音楽もいくつも手掛けていて、純粋な音楽が音と彼の持っている理論の中で醸成されたものだけではなく、人間が根源的に持っている抒情的な歌謡性をストーリーのある表現の中に自身を流し込むと、まるでピアソラのような情熱を感じさせる。
牛乳瓶の底のような彼のメガネが外れている。
ヴァイオリンで聴くとちょっと熱すぎるけど、オクーターブ下げてチェロで演奏しても、この2Cellos、イケメン二人だと結構熱いね。
彼らの真骨頂はクラッシック音楽に納まらない異端的と思えるほどの自己主張だけど、それだけに選曲の方もきわめて個性的。


チェロでの演奏のCDは探したのですが、僕のは輸入盤でもうないのかな。

   



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Blogの中の猫たち-193 [Blogの中の猫]

ねこ便り ~メル&チョコ,猫との出会い~ メル



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今起きたところか、退屈なのか、肉中で踏ん張って指を反らすと肉食獣の爪がにゅっと出る。
一瞬飼い猫から猫に戻ってる。
でも、次の数瞬で爪が隠れ、フツーに立つと指先からぺろぺろと掃除を始めるかな。飼主の足音を聞くとしなやかに体をひねって鳴きながら甘えに走る。尻尾を立てて…そんなふうに想像が続く。
写真が瞬間を切り取るのは撮影された時の一コマで、でも、それはシーンから完全に独立していくつもの物語を勝手に作らせてくれる。
ハンドドローで描いたボクの絵はボクのこの想像が後に続くように描けているかどうか、数か月するといつも手を加えたくなる。
今のところこのメルさんにはこのままいてもらおうと思ってる。

メルBrog.png
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音楽はモーツァルト
最近は年のせいかあんまりドンガラやかましい管弦楽は以前ほど聴かなくなった。ゴシックメタルとかは車の中ではよく聞くけどね。
ピアノソナタ第4番 変ホ長調 K. 282
1775年にミュンヘン滞在中に書かれた。6曲のシリーズもの”デュルニッツ”の4曲目。
変わってるのは、まるでベートーヴェンの月光ソナタみたいに緩徐楽章から始まるってところだ。
第1楽章 アダージョだけでも聴いてね。
今できた曲みたいな弾き方をするのはこのグルダしかできない。とても鮮明だけれど、糸をひく音の流れから詩的な香りがする。この頃のモーツアルトには
フォルテピアノ以降の豊麗な音がまだ聞こえてはいないと思うけれど、現代のピアノで弾くと古楽器には醸し出せない音色の滑らかさが独特の感覚をもたらす。






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古き生き物2018-1 T-rex [Jurassic Gallery]

これまでも、別のブログに移行したりしたけれど、もういくつものブログを管理したりHPを専門で動かしてゆくのもしんどい年になってきた。

で、まあ、共倒れにならないように更新画像に本業の方も取り入れて行こうと。

Jurassic Galleryのブログ版もここで扱うようにしました。今までも時々紹介はしてましたけど。

今回は、まあ、再開の最初ということで以前描いていたものを背景を消し、動きを変えて描き直したものです。

猫の絵もそうですが、この恐竜で一番厄介なのも目なんですね。

だって、見たことないんだから。



face.png

M.Shiraishi(c)All Right Reserved




顔全体からして眼窩は小さいしね。実際の原画はこの数倍は大きい解像度ですから、それを購入されてる人はいいでしょうが、画像が小さいと目が生きない。


ま、想像してくだされ。




frontlegs.png



ティラノサウルスはあとからあとから発見される大型肉食恐竜によって、最近は「最大」という言い方はされなくなりました。でも、原点なんですね。発掘されている骨格の総量が、最近のものとは比較にならない。

獣脚類の中では「真実が夢に一番近づいた恐竜」だと思っています。

最近実際に発見された印象化石によって、体毛の、というより、羽毛の生えた恐竜が再現想像図として、多く描かれています。

小型の肉食恐竜については体毛の可能性はたとえ氷河期に生息していなくても、進化の過程としてとらえられるかと考えます。

でも、なんででかい体に羽毛がなきゃいけないの?

卵から孵ったばかりのT-rexの幼体に体毛が生えていても体温維持の観点から理にかなっている。


じゃあ、成体に体毛がある必要性は何? 

ディプロドクスやスーパーサウルスのような竜脚類には必要ないの?

鳥類に進化する過程にあるとされる小型の獣脚類ベロキラプトルやそれ以前のコンプソグナトゥス(コンピって呼んでるね。)ならあり得ない話ではないんだけど。

一個の印象化石からすべての獣脚類に派生しそうだね。 考古学のこの辺の分野はなんか厚みに欠ける。

古代のカメを専門に研究している学者さんが、古代=恐竜という安易なマスコミのおかげて不本意とは思うけど、今は恐竜学者というネーミングで登場する。

考古学はすそ野が広いのだからネーミングはどうでもいいと思うんだけど。

古生物には残されたものは不完全な骨格しかない。犬の頭骨から体色まで再現することはできない。

それは想像なのですね。



この画像も、想像です。




Uppershap.png




T-rex2018Brogsize.png


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Brogの中の猫たち-192 [Blogの中の猫]

Brrog01.png


Blogの中の猫たち-192

梅しごとー梅吉日記ーにわの梅吉 白目がちな日々
梅吉君

猫らしい猫だね。
こてつ君は猫の範疇を超えた爆発的な好奇心が瞬間的に沸騰するけれど、このお兄さんは若旦那的な動作が微笑ましい。
茶トラ系なんだろうけど、写真から色を拾うから原色とは違ってくるだろうけど、ご容赦。
ま、色が違っても何とかなるのは牛柄さんと白猫、黒猫くらいだから。
このimageはちょっと変わったシチュエイションだったから、面白いと思った。
グラビアのスタジオ撮影のワンカットみたいな写真だったけど、実際に描いてみると、どうも眼差しの方向がうまくない。ほんの少しの頭の角度とか、黒目の位置、ハイライトの強弱なんかで違ってくるので、猫ってホント難しいわ。

Brog02.png

と、ここまで書いていてふと、ああ、こりゃ絵の視点じゃなくて、写真の視点だなと気づいたので
きっぱりあきらめた。
写真を見て描いているからこそ、捉われるジレンマだね。
本物前にしてたら、一瞬でもじっとしていない彼の微細んな表情や目の変化に、想像がとってかわる。
Blog猫じゃなくなるね。

Brrog03.png
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音楽は アントン・ブルックナーの幻想曲ト長調

ブルックナーの音楽的な響きの基調はオルガンの響きなんだけど、このモノフォニックな歌は明らかに旋律が頭に浮かんでいたのだろうと思いたい。1868年の彼の交響的な音の飛び交うテーマではなく、凄く日常的な姿が浮かんでくる。





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音からの物語-舟歌 [音楽]





日暮て沈む陽の光が鏡のような水面にオレンジ色の時間を流し込む。
川べりに舫われたゴンドラの影が背後の建物の陰に溶け込んでゆくころ
ゆらゆらと一艘の小舟が風に押されながら河口に向かって流れてゆく
舫い綱が緩んで岸を離れたのか、塗りの剥げかかった小舟の船べりは
人の重さから解放された自身の浮力でゆっくりと風に追われて右に左に傾きながら滑ってゆく
昼間の温度を失ったそよ風は、ゆったりした運河の流れの面にトリルのような細かなさざ波を作る
それは風に送られる無数の小さな手になって
主のいない小さな船をかすかに揺すりながら運んでゆく
棹に操られる小舟がまだ周りを行き来するころ、その小さな船には若い男女の姿があった
櫂も棹もなく、ただ流れるままに下りながら、たまに行合う船からかけられる挨拶
返事をするのではないが、互いに頬寄せたまま、口元はにかんだような笑みを浮かべ
彼女はかすかに手を振った
そのかすかに上気した横顔を亜麻色の長い髪が風にほどけて降りかかる
若者の方に彼女の頭がゆっくりと落ち、目を合わせたまま短い言葉を口にする
やがて行き交う船の途絶えた黄昏れに
水音とともに大きく小舟は揺れ動いた
その後の静寂、風のトリル
今、左右どちらの岸辺に付くでもなく、夕暮れの中を漂う小舟にはもう、二人の姿はない
暮れて行く夕日が落ち切り川面の両側から夜が流れ込んでくる


メンデルスゾーンの49曲の無言歌の中で
 この一曲を聞いて水面に浮かぶ花弁が緩やかな流れの中を風にフルフルと回りながら流れ下ってゆく印象を持ったこともあった。
この曲の演奏はたくさんあって、それぞれ印象が違うのだけれど、この動画の中音のアクセントの付け方は均一で、淡々としている。それだけにタッチの余韻が感情を押し殺して切なげに消える。物語を音で紡ぐのではなく、
音の中に物語を思い浮かべられる演奏。今日はこの演奏がふさわしかった。

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   F.メンデルスゾーン/無言歌集抜粋




F.メンデルスゾーン/無言歌集 全曲 2枚組CD




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Brogの中の猫たち-191 [Blogの中の猫]

ねこ便り ~メル&チョコ,猫との出会い~のChocoさん


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猫の模様って似たのがたくさんあるね。
で、この牛柄さんも、以前デッサンしたような気がしたんだけど。なかった。
この飼主さん。部屋に行き渡る自然光の柔らかいセピアの中で猫さんの写真を撮られる。
黒は黒く、白は白くない。どう扱うかについていつも悩み、そのうち古生物のリメイクを手掛けたりして描きかけのまま時が流れる。
光を尊重すれば背景に当たる光を均等に扱わなければならなくなる。
chokoBrog.png
そこで、真っ黒から実際の鼻の位置を拾い出し、塗りつぶしてみてまた描き加え、ブログの写真と比べたりする。
うまくいかない。
その結果チョコ君にはちょっと蛍光の中に出ていただいた。
黒の中にはいくつもの黒があって赤から、青から、緑から、濃淡に元の色をにじませつつ、変化する。前回の黒猫さんは灰色から逆に光を消していったけれど、今回はその逆をやった。
デジタルハンドドローはともすれば自然が持つ滲みや汚れが洗われてしまう。いちばん時間がかかる目が描き込めたら、まあ、上出来ではないかと自画自賛。


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音楽は プーランク15の即興曲から最後の曲。
ハ短調「エディット・ピアフ賛歌」


時代は近代から現代に映ってゆく狭間である。歌=シャンソンの持つ音色と煌めくヴィヴラートは鍵盤楽器からは聴こえるものではないが、この曲の持つ哀し気に眉間にしわを寄せたようなテーマが次第に感傷的に昂ってゆくところは、人の面影を確かに映し出すだけの力がある。











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32年前の花 [音楽]

Dendrobium moniliforme 
単子葉植物ラン科 和名 石斛(セッコク)

学術的には、今も分布相は日本の中部以南に分布している。
多分そうなのだろうけど、ボクの田舎ではもう、いわゆる山取りといわれる。野生種を採取したものは最近見たことない。
近似種の中国産は昔から漢方薬として用いられている。
石斛の名前はその中国のもので、日本ではセキコクが詰まってセッコクと呼ばれている。
茎が薬用とされることは日本種でも昔から行われている。
着生蘭として昔から武家社会で珍重された『富貴ラン』の原種がフウランと呼ばれて、今も山野草として楽しまれているのと同様に、このセッコクは公家の趣味として『長生ラン』と呼ばれて変異種が珍重されてきた。
江戸時代から続く、いわゆる古典園芸植物というやつ。
野生のものはほとんどが白い花で、稀にアントシアニンの蓄積で赤い花が咲くものもあり、今ではそれが定着して、園芸種として安価に手に入る。
ただ、成長点培養や他のバイオ技術でも生育し花が咲くまでに何年もかかる風蘭と異なり、花が終わった茎を使って、あるいは株分けして簡単に増やすことができる。
32年前に僕は確か4本の茎からなる一株を職場の同僚(といってもかなり年上)からもらった。
当時はバイオ技術もなく、花は全て山で採ってきたものだった。
稀に少し赤みがかかったものがあれば園芸店に買って貰ったりしていたらしい。
僕がもらったものはありふれた白い花が咲くものだと思っていて、1年後に咲いた花はてっきり白だと思っていた。
でも、ボクのセッコクはその後いくつか貰ったりしてかなり増えたけれど、白いと思っていた最初のセッコクの花はどうもボクにはクリーム色に見えてきた。
今では黄花といよばれる変異種だとわかったけれど、あまり香りが他のセッコクほど良くないので、増やそうという気持ちもなく、ほったらかしにしていた。
それでもこの花は逞しく、小さな鉢の中で成長サイクルを32年間繰り返している。

32年前の花.jpg

皮肉なもので手入れしていたものはその愛情をやがて子供にとられ、打ち捨てられて枯れていったり、貰ってゆかれたりしたけれど、奥さんより付き合いの古いこの花は相変わらず、数は増えないけれど、毎年クリーム色の花を咲かせる。
普通のものより花期が長く、香りが無くなっても蝋梅のように花弁が透明になるまであまり萎れない。
1年前から庭のブロック塀に雨ざらしと夏の日差しに耐えているその旧友をボクはデスクに置き、今日も一緒にレイノルド・アーンのアンダンテを聴いた。



YouTubeではヴァイオリンとピアノのための楽曲として四重奏曲第3番ト長調の第3楽章を演奏しています。これもいいですねえ。紹介するのは2度目だけど、元の四重奏協での演奏でいいのがない。
エミール・フリアンの絵とぴたり嵌ってるね。


エイムズ・ピアノ四重奏団 /アーン、シュミット、デュポア 
フランス近代音楽の紹介


フランス近代の中でアーンの地位はサロン音楽として扱われることが多い。でも、ボクは好きだね。このアンダンテは上品で薫り高いのロマンティシズムがある。
以前紹介したけれど、やはり感想は変わらない。


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Blogの中の猫たち-190 [Blogの中の猫]

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黒猫の怪しさ

 235.gif みかんとはちみつ 黒猫のチイ

日差しが白く映りそうなほど明るい場所に暖をとっている。
針のような瞳孔が日差しを弾きながら見るべきものだけを鋭くとらえている。
眼光紙背。
眺めるこちらの気づかない心の行き止まりのさらに向こう側まで貫くように感じる。
近寄るものに対して決して敵対しているわけではないだろうけど、こういう目でじっと
見据えられると長年家族として一緒に暮していても踏み込んではいけない自我を感じさせる。
僕は犬が示す親密さも大好きだけれど、こんな一面を普通に垣間見せる猫に対峙する緊張感も好きだね。
その人が自分を理解し、自身が理解し受け入れている存在であるとき、彼は一歩踏み込んだ人間に対して
あっという間にしなやかに身を反転させ、全身で甘える仕草をみせる。
もし僕がそのプライドのラインの中に一歩でも足を踏み入れたとしたら
くったりと伸び切ったその姿態は瞬時にしなやかな筋肉の躍動を見せ、たちまちその場から消え失せる。
つまり、逃げちゃうんだね。
向こうにも多少は好奇心があるだろうから、姿形が一瞬で見えなくなるほどではないだろうけど…
飼い猫と野良猫の違い

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案外それは≪猫≫という生き物の普遍の日常を人間の方で勝手に切り取って別の角度で眺めているに過ぎないんじゃないかと思えてくるね。
怪しくて妖しくて癒される。
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ジャポニスム2018記念 ≪衣-koromo≫ [音楽]

日仏友好160周年に当たる2018年にパリを中心に « ジャポニスム2018 - 響きあう魂 »と銘打ち日本文化を紹介する大規模な企画があります。
残念ながらボクの田舎ではないけれど、同じ四国の高松の四国村ギャラリーでは、日本国内の日仏友好事業として、パリ、友情を織る会 - Amitiés Tissées – を主宰する田部淑子氏の企画による染織作品のグループ展を開催します。
そして、本企画展は2015年にパリで開催された≪衣-koromo≫をベースにしています。
パリ在住の作家たちは日本文化から多くの着想を得てそれぞれ、独自の形で自身の作品に投影しているようです。
企画は4月27日(金)から6月17日(日)ですが5月20日にはShukuko Voss(田部淑子)とアーティストたちのトーク・シンポジウムがあります。(定員50名ですが)
お好きな方は是非!
ちなみにShukukoVossは僕の母の妹に当たります。
年令的にもずっと上なのですが、人間力はちょっと敵いませんね。
今更ながら僕も老け込んじゃいけないと思います。
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不安と祈り [音楽]

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サミュエル・バーバー/Agnus Dei op.11


弦楽四重奏曲からの弦楽のためのアダージョとして有名。

順番としては弦楽四重奏曲第1番op.11の第2楽章であったこの曲を自身が弦楽合奏のためのアダージョとして編曲した。

そしてベトナム戦争を経験し、戦争に対する自らのスタンスを音楽で示すものとして1967年に作り直されたのがこの無伴奏合唱曲「アニュス・デイ」。

1967年といえばベトナム戦争が泥沼化し、多くのアメリカの若者が命を散らしていた時期。

 後にこの曲自体はカンボジア内戦を背景に描かれた1984年制作の英国映画(The Killing Fields)の中で主人公がフィールド一面に白骨が敷き詰められた象徴的な死の原野の中を彷徨うシーンで使用され、その音楽はその映像とともに静謐と絶望と平和への渇望の交差した情景を浮き上がらせていた。

ニューヨーク・タイムズ記者としてカンボジア内戦を取材し、後にピューリッツァー賞を受賞したシドニー・シャンバーグの体験に基づく実話を映画『キリング・フィールド』は、1984年のアカデミー賞において、助演男優賞・編集賞・撮影賞の3部門受賞を受賞。

東京で司法浪人をしている時代、僕は親友のアパートに何か月か転がり込んでいたことがあり、その彼が留守の間、何気に午後までテレビを見ていて、その映画の予告編だか解説だかを観た。

その時、その音楽はそこに繰り広げられる真っ白い骨の原野をサクサクと踏み崩しながら、生きるためにひたすら進む主人公の狂気と生への渇望と死への慄きを慰撫するように歌われていて、僕はその静謐の調べに内耳を貫かれていた。

当時はまだパソコンが普及している時代ではなく、サミュエル・バーバーという散髪屋みたいなアメリカの作曲家のことなどほとんど知らなかった。

知らなかったからこそ、裸の耳で感じたものが今の今まで深々と脳裏に刻まれて残っている。

そしてその旋律をそのまま肉声に載せたのがこのアニュス・デイ。

このアニュス・デイは 神の子羊(イエス)を唱った祈祷文でレクイエムによく聴かれるが、バーバーは作品11の合唱曲として残した。

誤解を恐れず、平たく簡潔に言えば悲惨と空虚と無意味を目の当たりにしてたくまずして口にするときの『Oh! My God』の祈りである。







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